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 防災教育の日常化

■ 研 修 会:第3回東金地域防災教育ネットワーク会議
■ 日   時:2013年 8月22日(木) 15:00〜17:00
■ 内   容:防災教育の日常化
■ 講   師:山口裕之(宮城県立光明支援学校・教諭)

表紙

宮城県立光明支援学校の山口です。今日はお招きいただきまして,ありがとうございます。東金特別支援学校で,こうして皆さんと一緒に防災について考えながら,1日を過ごすことを,とても楽しみにしてきました。特別支援学校の防災教育について考えるときに,東金特別支援学校の実践をいつも参考にいています。その東金で,今日はお話をさせていただくことを,たいへん光栄に思います。

「防災教育の日常化」というタイトルをいただきました。東日本大震災を経験してみて,このことが大事だなと感じています。方向性としては間違っていない確信がありますが,では,それをどう具体的にやっていくのか,ということについては道半ばです。今日はひとつの話題提供というつもりで話を持ってきました。今,自分が考えていることを,ここにポンとだしますので,「日常化」というのはどういくことなのか,一緒に考えていただけるとうれしいです。

少年が「BOSAI STAND」と言ってますが,これは,うちの学校の先生向けに,今年出しているニューズレターのタイトルです。ガソリンスタンドのように,防災教育の知識とエネルギーを提供したいということですが,まあ,そんな理由は実は後付けでして,STANDには,S:さりげなく TA:たのしく N:日常の学びを D:だいじに,という意味を込めています。この日常の学びというのが,今日のメインテーマです。

■資料1:防災教育ニューズレター「BOSAI STAND」第3号

自己紹介

自己紹介教員になって23年目。いろんなことに興味を持って首を突っ込んできましたが,その中で,教員としての柱になる仕事がだんだん固まっていきました。それがこの3つです。まずは専門教科としての地学。高校では地震災害,火山災害,気象災害といった災害分野にチカラを入れていました。

次は,自閉症教育。特に,コミュニケーション指導です。15年以上前になりますが,当時,香川大学教育学部附属養護学校で高等部の先生をされていた坂井聡先生に資料をたくさんいただきまして,見よう見まねでコミュニケーションブックを作って指導したのが始まりです。当時は「絵カード集」でしたが,今は iPod touchのアプリを使っています。言葉をあまり話さない自閉症の生徒たちが,どんどん自分から意思表示をしてくれるようになると,とてもうれしいですね。

MAPについて3つ目はMAP(みやぎアドベンチャープログラム)です。これは体験から学びを引き出す教育手法です。仲間と協力して課題を達成する中で,信頼関係,自己効力感の向上,自発的な規範形成ができるようにプログラムされています。昨年11月に,この本を出版しました。

これらの3本柱が互いに関連しないのが悩みでしたが,3・11で,この3つがすべて防災に収れんしました。地学は災害について自然現象の観点から理解するために,自閉症は,災害について特別支援の観点,特に要援護者の問題を考えるために,そしてMAPは,防災教育を体験学習の視点から見るときに役に立っています。

防災のお仕事防災の最初の仕事は,文部科学省が震災後1年の節目に出した「学校防災マニュアル作成の手引き」です。この仕事では,自分の中の3つの柱が全部役に立ちました。そして去年の仕事が,今年の3月に文部科学省から出た「生きるちからをはぐくむ防災教育の展開」です。この冊子には防災教育の指導案がたくさん収録されていますが,特別支援の指導案の中には,東金特別支援学校の事例をたくさん使わせていただきました。その節は,大変お世話になりました。

東日本大震災から2年半…

さて,あと少しで9月11日。震災から2年半を迎えます。今の被災地の状況を少しお話しします。

同じ被災地でも,内陸部と沿岸部の温度差の問題は,2年半たっても縮まる気配はなく,むしろ開く一方であるように感じます。仙台市内は,地震直後は地震の爪痕がそこここに見られましたが,今は地震があったことを忘れてしまったかのように,震災を感じさせない風景となっています。その一方で,沿岸部では,震災から時が止まったような風景です。この写真は10日前の気仙沼市小泉海岸です。映っている建物は,80年代に賑わったホテルの空き家だそうです。ここはもちろん陸地だったのですが,震災のあと,海岸線が200m後退したことによって水没してしまいました。片づけはほぼ終わり,仮設商店街はお客さんでにぎわっていますが,放射法の稲わら問題,防潮堤問題など問題は山積みです。

新聞には,宮城県の中学校が不登校率ワースト1になったという記事が掲載されました。阪神大震災では,3年から5年後が心の問題のピークだったと言われています。宮城県でも,3年後に向かって潜在していた心の問題が顕在化してきたと感じます。みやぎアドベンチャープログラム(MAP)は,元々は不登校対策として始まりました。今,私たちが考えているのは,MAPの活動を,集団の心のケアに生かしていけないか,ということです。

こちらは,うれしいニュースです。仙台市の地域の女性たちの企画で,快適・避難所づくりワークショップが行われたという記事です。地元の中高生も参加して,障害者などに配慮した快適な避難所とはどういうものか,アイディアを出し合ったそうです。他にも,タクシードライバーによる語り部の取り組みとか,被災地内外の高校生の活躍など,いろんな角度からの防災減災の取り組みが,雨後の竹の子のように出てきて,新聞紙面を毎日にぎわしています。

東日本大震災で学んだこと

東日本大震災で学んだことさて,東日本大震災を身を持って体験する中で,防災や防災教育について気付かされたことがありました。この4つが 今日の話の目次みたいなものです。

心理的な罠にハマる

東日本大震災の当日は,午前中が卒業式で,午後は体育館で片付けをしていました。緊急地震速報がなり,揺れが始まりました! ケータイを開くと確か「金華山沖」と表示されていて,宮城県沖地震が起きたとすぐに分かりました。揺れ始めてすぐ,安全な場所に移動すると同時に妻に電話をしましたが,もうつながりませんでした。地震は強弱を繰り返しながら揺れ続けます。私はそのとき「連動型だ」と言ったそうです。連動型というのは,震源が別の地震が同時に起こることです。宮城県沖地震でも,もしかしたら連動型の地震が起こると言われていました。そう言ったことを自分では忘れていましたが,あとで一緒にいた同僚から聞きました。そのころまでは,まだ冷静な気持ちを保てていたようです。

でも,長く強い揺れが続く間に,次第にボーっとしてしまいました。揺れが収まったとき,周囲はホコリが舞って真っ白,私の頭の中も真っ白。思考力はなくなり,何をすべきか分からないような状態でした。職員室に行って,片付けを始めましたが,余震がひどいので,全員,校庭に避難しました。

校庭でワンセグを見ていたら,津波の映像がチラッと映ったんですね。私はそのとき,「何人か津波で亡くなるかも…」と思いました。あんなすごい津波で,亡くなる人が「何人か」なわけがないんです。でも,そう思いました。マグニチュード8.6という数値も出ていました。それを見て「信じられない」「何かの間違いだ」と思いました。宮城県沖地震の予測では,連動型の場合のマグニチュードとして,M8.0が想定されていました。あんなに長く激しい揺れだったのに,8.6という数値を受け入れることができませんでした。実際には,もっと大きいマグニチュード9.0だったんですけど。

今ものすごい災害が起こりつつあるということが,理解できなかった。認めることができなかったんですね。地学の教員なのに…。これはまさに正常性バイアスの症状です。

災害時の心理

災害時の心理災害時によく起こる心理には,いくつか種類があります。

正常性バイアス

これは災害の兆候を過小評価する心理です。実際に火事が起こって非常ベルが鳴っているのに,「どうせ誤報だろう」とたかをくくって逃げ遅れてしまうようなケースです。津波から逃げなくちゃいけないのに,地震で散らかった部屋を片づけ始めるのも同じです。危機管理モードに気持ちのスイッチを切り替えなくちゃいけない場面なのに,そのままぼんやりと日常生活を続けてしまうんですね。あの時,私はまさにこれでした!

集団同調性バイアス

これは他の人達の流れに従ってしまう心理です。例えば旅先でラーメンを食べようと思ってあたりを見回したとき,賑わってる店と閑古鳥の店が目に入ったとします。どっちに入りますか? だいたいの人は賑わっている方に入りますよね〜。津波が来る前に逃げなくちゃいけないときに,誰も逃げていないと「大丈夫かな?」と逃げ遅れてしまいます。

楽観バイアス

自分だけは大丈夫!という心理です。お酒飲んで運転しても,俺は大丈夫! 事故は起こさない,みたいな根拠のない自信,危ないですね。昭和三陸津波は防潮堤を超えなかった。防潮堤を越えるような津波なんか来るわけないでしょ…そう思ってしまう心理です。

楽観バイアスに犯された人の決まり文句は「まさか自分がこんな目にあうとは…」です。災害大国に住む日本人でも,大災害は人生に一度あるかないか。ということは,大災害に遭う人のほとんどが初体験なんですね。地震や津波は,数百年から数千年という長いサイクルで,人生100年に比べてずっと長いです。そういう,時間的スケールの要素がひとつあります。また,3・11の津波はとても広い地域に押し寄せましたが,浸水地域の人口は約60万人,日本の人口の0.5%未満です。99.5%以上の日本人は,今回の震災で津波を体験していない。そういう,地理的スケールの要因がもう一つあります。災害大国ですら,自分で体験する機会が少ないことが,楽観バイアスを助長し,防災行動を起こしにくくしていると言えます。

オオカミ少年効果

警戒警報がいつも外れだと,誰もそれを信じて避難しなくなりますね。避難勧告でせっかく逃げたのに,何もなかったら,逃げてしまって「損をした」,逃げなかったら「トクをした」という気持ちになりかねません。(実際には,津波から避難したけど津波は来なかったという人に気持ちを聞いてみると,良い練習になった,津波が来なくて良かったと言う方が多いらしいです)

こういう心理特性は,普通の生活を円滑に進めるためには,むしろ効果的なのですが,災害場面では命取りになってしまいます。津波警報や大雨の避難勧告は,確かに空振りも少なくない。でも,そのうち必ず「当たり」が出ます。そのとき「逃げててよかった」になるか,「逃げればよかった」になるか。皆さんはどうですか?

私は地学の教員として災害のことをいろいろ勉強しているので大丈夫だろうと過信していました。でもだめでした。心理的な罠から逃れるためには,大丈夫と思っても避難行動を起こす。そして,幸運にも災害が起こらなかったときは「いい練習になったな」と思う。それしかないんじゃないかと思います。津波警報があれば,100年に1回のために今回も逃げる。20回はハズレでもいい。そういう思考,そういう行動を習慣にしておくことが大切ではないでしょうか。

率先避難者という言葉がありますね。釜石の中学生が,地震の後,我先に高台に向かった。それを見た小学生が追いかけた,それを見た地域の人たちも逃げ出した。「釜石の奇跡」と言われていますが,これは集団同調性バイアスを逆手に取ったやり方ですね。私たちも,釜石の中学生に習って,我先に逃げ出す一人になりましょう。

必要だったのは「生きる力」のすべての要素

東日本大震災で学んだこと次は2番目。震災時に必要だったのはが「生きる力」の3つの要素すべてだったという話です。「生きる力」の3つの要素を,今,スラスラと言えますか?


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