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 防災教育の日常化(4)

■ 研 修 会:第3回東金地域防災教育ネットワーク会議
■ 日   時:2013年 8月22日(木) 15:00〜17:00
■ 内   容:防災教育の日常化
■ 講   師:山口裕之(宮城県立光明支援学校・教諭)

防災の日常化

防災の日常化

次は防災の日常化です。防災教育を日常化するというのは、日々の授業の中に溶け込ませるということでした。となると,防災を日常化するということは,日々の生活の中に溶け込ませるということになります。特に防災を意識しなくても,そうすることが当たり前になっている。生活の中で無理なく何度も繰り返す仕組みになっている。そんなイメージです。

それはつまり,いつもしているから緊急時にもできる,いつも使っているから緊急時にも使えるということですし,それが100年先の命を守ることにつながります。

100年先の命を守る

100年後の命を守るということについて,私の体験をお話しします。

私の曾祖父は,今の宮古市田老に住んでいたのですが,明治三陸津波で一度流されてから,運良く木の枝に引っかかって生還した「津波サバイバー」です。津波は,ひいおじいちゃんが結婚する前の出来事だったので,もしそのまま流されてしまっていたら,私は今ここにいません…誰がいたんでしょうね?(笑)

うちにはそれ以来,ひとつの家訓ができたそうです。それは「浜通りに居を構えてはならぬ」というものです。ところが,それを私が聴いたのは震災後だったのです。命をかけた教えは,100年後に生きている曾孫には残念ながら伝わっていませんでした。震災を子々孫々に伝えるというのは,実に難しいことだなと思います。

震災後,女川中学校の生徒たちが「1000年後に伝える」と,震災遺構の保存などいろんな活動に取り組んでいますよね。震災遺構は毎日見るのが忍びないという反対意見は多いです。でも,日常化というキーワードから考えると,むしろ毎日見えてないと意味がないのだと思います。体験者は辛いです。それは当然。でも,津波を体験していない子孫にとってはどうでしょう。震災遺構が日常の中にあることで,教訓が伝わっていくのではないでしょうか。

100年後の子孫に伝えようと思ったら100年後の日常生活に落とし込まないことには始まらない。石碑は日常生活の中にありますか? ないですよね。石碑による伝承が必ずしもうまくいかなかったのも,そこにあるのではないかと思います。では100年後の日常に残すにはどうすればいいのか。正直な話、私もどうしていいか分からないのですが、ヒントになりそうな例を,いくつかご紹介しましょう。

ナーパイ

これは宮古島のお祭り(神事)です。ナーパイは縄をはるという意味で,海の神様に海と陸の境目を教える行事です。高台の神社から海に向かって歩きながら,海と陸の境界線に棒を立てていきます。このお祭りをするに当たって,高台の神社までの道の草刈りをします。そして,祭りのときはそこを歩きます。祭りをすることで,津波のときの避難路を整備して,そこを避難する練習にもなっているということです。つまり防災の取組なんですね。

1771年,明和の大津波が起こって,日本最大の85mの津波が石垣島を襲いました。この祭りはその大津波がきっかけと言われていますが,もっと前からという説もあります。いずれにしても200年以上伝えられているわけです。

土手の花見と防災

昔の堤防は,作った年はいいけれど,冬を越すと次の夏には壊れてしまったのだそうです。冬の間に土の中の水が凍ったりして緩みがでるから。そこであるお殿様のアイディアで,春にみんなで花見をすることにしました。そうすると,みんなが土手を歩くので踏み固めることになり,多くの人の目があるので壊れたところも見つかります。これも防災と思ってやらない防災。日常生活がそのまま防災になってる例です。

子守歌

インドネシアのシムル島には,津波のことを伝える子守歌や詩があるのだそうです。三つ子の魂百までと,いいますからね。スマトラ沖地震の大津波のとき,この島の人たちはみんなすぐに高台に逃げて助かったそうです。隣のニアス島は大きな被害がありました。

こういうのは,別な言葉で言うと「防災文化」ということです。日常生活の中に無理なく入ってるなと思います。特に歌とか昔話なんかは,特別支援の子供たちにもいけるんじゃないでしょうか。あたりまえ体操(防災編)も期待できますね。

いつも使っているから緊急時にも使える

防災カレンダー

学校の行事予定を入れたカレンダーをつくるところが増えているらしいですが,石巻西高校ではそのカレンダーを防災カレンダーにしたてました。カレンダーにすると,保護者の皆さんは捨てませんし,よく見えるところに置いてくれます。日常の中に防災があるという状況がうまれます。

また,この学校では緊急時の連絡用メールで,日常の情報も流すようにしたそうです。そうすることによって,保護者の登録率が急に上がったとか。緊急時にしかこないと必要性を感じなくても,いつも情報が流れていると見たくなるのでしょうね。また,日常そのメールを使っているので,発信する側も受信する側も,その行動に慣れて,緊急時にも慌てずに送受信ができます。

防災かまどベンチ

これは滋賀県の彦根工業高校の生徒の皆さんの取り組みです。普段はベンチだけど,災害時にはかまどに早変わり。

防災マルチパーティッション

皆さんよくご存じの,東金特別支援学校の防災マルチパーティッションです。これも,普段は教室や体育館でしきりとして使っているけど,災害時には,避難所のしきりに早変わり。

3・11のときは,備蓄していた新品の自家発電装置が,いざ使おうと思ったら故障していたという学校がありました。これも,日頃の訓練で使っていれば,ということですね。

いつもしているから緊急時にもできる

うちの学校では,毎月一回,地震時の初期対応訓練をしています。この食堂では,震災時と余震時に天井板が1枚ずつ落ちています。吹き抜けのとても高い天井なので危ないのですが,一度給食中に余震が来たことがあったのです。私はちょうど出張中で,翌日どうだったかと聞いてみたら「誰一人動じないで食べ続けていた」とのこと。それじゃダメじゃん!

でも冷静になって考えてみると,この食堂で訓練をしたことがなかったんですね。したことがあるからできる。したことがないことはできない。震災でそういうことを学びました。なので,食堂でもやってみました。それがこの映像です。

食堂での練習の前に,学校内のいろんな場所での練習を積み重ねました。それで,年度末に満を持して食堂でチャレンジ。食事を急にストップさせられて子どもたちは怒り出すのではないか…という先生たちの予感は見事大ハズレ。数名をのぞいて,ザザーッとみんな机の下に隠れることができました。こうやって,食堂で練習しておけば,食堂ではこうするんだなと見通しがもてます。きっと,もし本番があっても,今回と同じように対応してくれるはずです。

※メモ

震災時はガソリン不足が大変でした。ガソリン供給が復旧するのに約1ヶ月かかりました。震災後は,自分の車のガソリンを半分以下にすることはなくなりました。3/4ぐらい残った状態で,毎週金曜日に満タンにします。これも習慣。日常防災。

家庭の日常防災

家庭と学校地震にあいやすいのはどっち?ところで,家庭と学校で地震にあいやすいのはどちらでしょうか。それぞれの時間を考えてみると,学校は平日のみ6〜8時間。それに対して,家庭は平日15時間前後+休日かなりの時間ですから,圧倒的に家庭で地震にあいやすいわけです。

 

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