■ 研 修 会: | 平成24年度 新任防災主任研修会(共通研修2) |
■ 日 時: | 2012年 7月12日(木) 13:10〜14:15 |
■ 内 容: | 防災管理等の実際 |
■ 講 師: | 山口裕之(宮城県立光明支援学校・教諭) |
はじめまして。光明支援学校の山口です。これからお話しすることの中で,いくつかでも先生方のやる気とかアイディアにつながっていくものがあれば,うれしいと思います。
さて,前回の研修会の中で,防災主任の創設の目的というのがありました。その中に「自然災害に対する危機意識を高め」と書いてあるんですね。そこで思うのは,防災の難しさの一つに,この「危機意識」と「防災行動」が結びつかないということがある。その辺から,話を始めたいと思います。
この図は,世界の地震や火山の中で,日本が占める割合です。地震は2000年〜2009年の10年間に起こったM6以上の地震のうち,日本で起こったもの。活火山は,世界の活火山の中で日本にあるもの。日本の陸地面積は世界の0.25%ですが,それに比べて地震や活火山の数がとても多いですね。台風や梅雨末期の集中豪雨,それらに伴う土砂災害も日本のどこかで毎年のように起こります。日本は災害大国と言えます。
これらは地方自治体が行った防災に関する世論調査です。静岡県民の中で東海地震に「関心がある」と答えた人が95%,東京都の住民で東京の大地震が「不安だ」と感じる人が93%。大規模地震に対して関心があるとか不安だと答えた人は9割以上になっていて,災害大国らしく,災害に対する国民の関心は高いようです。
一方,そういう災害への関心の高さが,実際の防災行動につながっているかというと,これがそうでもないのです。この図は,家具の転倒防止を行っている人の割合です。大きな地震がある度に少しずつ高くなっていますが,それでも4人に1人にとどまっています。
日本は災害が多くて関心も高いのに,それがなぜか防災行動に結びつかない。内閣府が出している防災白書では「自分だけは大丈夫」と考えがちな人間の心理がその要因だと指摘されています。それを楽観バイアスと呼びます。他の人には災害や事故が起こるかもしれないけど,自分には起こらないと考えることです。
都合のよい考えのようにも思えますが,これには理由が二つあると思います。災害大国に住む日本人でも,ほとんどの人にとって,大災害は人生に1度あるかないか…大災害に遭う人のほとんどが初体験です。特に地震や津波は数百年〜数千年という長いサイクルで起こります。そういう時間的スケールの問題。また,3・11の津波はとても広い地域に押し寄せましたが,浸水地域の人口が約60万人。これは日本の人口の0.5%未満です。ということは,99.5%以上の日本人は今回の震災で津波を体験していないわけです。そういう被災面積の要素。災害大国ですら,なかなか自分で体験できないことが,楽観バイアスを助長し,防災行動を起こしにくくしているのではないでしょうか。
こちらは,実際の地震の時の行動の調査です。災害の兆候が見られたり,実際に避難勧告や避難指示,津波警報が出ても,なかなか避難しない人たちが多いということもよく聞かれます。2010年のチリ地震では,津波に乗りたいとサーフィンをしに出かけた人が1000人以上いたという,今の私たちにしたら信じられないような報道もありました。東日本大震災でも,東海地震が来るということで防災意識が高いはずの静岡で,8割近くが避難しなかったという調査結果が出ています。
実際に災害の兆候があるのに,避難行動に結びつかない。ここにも同じ構図があります。災害が起こったときに「正常化の偏見」という心理的なフィルターが入ってしまうのです。正常化の偏見とは,自分に危険が迫っている兆候があるのに,それを無視したり過小評価すること。大津波警報が出ても,この前も来なかったから,今回も大丈夫と思ってしまうのです。その結果,避難しなかったり,遅れてしまったりということが起こります。
私たちの心の中で,危機意識と防災行動の間には深い溝があって,その溝の中には「楽観バイアス」「正常化の偏見」という心理的なワナが仕掛けられています。そのまま歩いて行くと,溝に落ちてワナにはまってしまいます。ですから,溝に落ちずにちゃんと防災行動まで進めるように,誰かが橋を架けなければいけない。それが防災主任の大事な仕事だと思うのです。正常化の偏見や楽観バイアスを乗り越えて,防災行動や避難行動ができるところまで面倒を見るということです。どうすれば行動につなげられるか。 正解は一つではないでしょう。「釜石の奇跡」はその中の1つですが,私たちの実践の中からも答えが見つかるかもしれません。
私たちが防災主任になって何ヶ月か経ちましたが,今自分がしていることが報われるのかなと疑問に思うことはないですか? 何度も何度も避難訓練をして,防災教育をしても,自分の学校には災害が来ないかもしれない。そんなふうに思ったときに思い出してほしい話があります。
岩手県大船渡市に越喜来小学校という学校があります。東日本大震災で津波を受けたときに,子どもたちは3ヶ月前に完成したばかりの非常通路を逃げて間一髪助かりました。その非常通路をつくるように働きかけた市議会議員は,震災の9日前に病気で亡くなっていました。市議は,自分の仕事の成果を見届けることができなかった。でも,子どもたちは市議のおかげで安全に逃げられたのです。
災害は長いスケールで起こります。 防災主任の仕事も,そういう長いスケールで考える必要があると思います。バトンを渡した後に,成果が現れることがあるかもしれません。それを信じてやっていきましょう。また,災害は身の回りでだけで起こるわけではありません。私たちのやっていることが,他の県や他の国の人の参考になるかもしれません。私たちの仕事が,遠い将来のどこかの国の,誰かの命を守ることにもつながっていくように,よいモデルを作っていければと思います。ここにいる650人の力を合わせれば,すごいことができるような気がします。