アクセス解析
レンタル掲示板

共同研究係だより(第2号)

個の課題を選ぶときの観点は?



【質問】
 個の課題を選ぶときの観点は?

【回答】
 課題の選定については,基本的には今までやってきた通りにしていただきたいと考えています.しかし,研究を進めるためにはある程度の共通理解が必要だと思いますので,係としては個の課題を選ぶときの観点として,次の5つを提案します.
(なお,これらの観点は課題の優先順位を決めるときにも使えるものです)

A.実際に1年間で到達可能か?
B.評価可能な具体的表現になっているか?
C.家族の希望に沿っているか?
D.子どもの現在と将来の生活に役立つものか?
E.子どもの生活の質を高めるものか?

 これらの観点にしたがって課題を選んでいくためには,生徒の家庭・地域における生活の実態把握と将来の生活の見通しの把握が必要不可欠です.



【回答の説明】
 十人十色と言われるとおり,人間は一人一人違っているわけですから,生徒がもつ課題というのも,わざわざ「個の課題」などという前に初めから個別的なものです.そして,私たちは今までそのことを踏まえて,生徒一人一人について実態を把握し,そこから課題を明らかにし,指導してきました.つまり「個の課題の選定」の作業は,今まで毎年行なってきたということです.今回の研究は,この「個の課題の選定」の方法について詳しく検討するのが目的ではありません(コラム1参照).課題の選定については,基本的には私たちが今までやってきた通りのことをすればよいと考えています.今までのやり方と変わる点は,課題選定の役割分担です.今まで各指導形態の担当が立てていた個別の課題(目標)をクラス担任が立てるようにしようということです(なぜそうするのかということについては共同研究係だよりの第4号で説明する予定です).
 とはいうものの,私たち係では,今までの「個の課題」の選び方にも問題点(=改 善点)があると考えています.それは,下記の2点です.

 1)課題の内容が抽象的すぎて,実際の指導に活かされにくい.
                     
(→共同研究係だより第1号参照
 2)発達段階や教科の系統性が重視されていて,指導(課題)の硬直化を招き
   やすい.              
(→コラム2参照

1)については,「個の課題」を「1年間で到達可能な具体的目標」とすることで解決を目指しています.回答で示した観点A「実際に1年間で到達可能か?」と観点B「評価可能な具体的表現になっているか?」で,その点をチェックしていただきたいと思います.2)の問題については,教科の系統性をある程度犠牲にしてでも,本人の生活や親の願いに直接的にかかわってくる部分を優先して指導しま せんかという提案をしたいと思います.12年間の限られた学校教育の中で,社会に出ていくまでに身につけさせたいことはたくさんあります.ところが,発達に問題を抱えた生徒たちをあずかる私たちには,発達課題を忠実に追って指導していけるほど時間的余裕があるわけではありません.それに,生徒一人一人の発達のしかたや将来の生活環境も様々です.だとしたら,本人の生活に直接役に立つところから優先的に指導していかなければならないということになります.それが,回答で示した,観点C「家族の希望に沿っているか?」,観点D「子どもの現在と将来の生活に役立つものか?」,観点E「子どもの生活の質を高めるものか?」に表されています.このような考え方は,「ライフスタイル重視」「ノーマライゼイション志向」という2つの言葉で表現されることが多いようです(→コラム3参照).この考え方をとることに よって,実際の研究場面では,生活学習と言語数量の枠組み(または関係)の捉え方が変わり,それらの指導形態にどのような目標を配分するかということにも影響が及ぶと予想しています.

 以上,回答に示した5つの観点について説明しました.これまでの説明で気付かれたと思いますが,提案された5つの観点にしたがって課題を選んでいくためには,生徒の家庭・地域における生活の実態把握と将来の生活の見通しの把握が必要不可欠です.実態把握について,係としてはその方法まで統一して研究していこうとは考えていません.「個別教育計画の理念と実践」に提案されている方法を推奨するにとどめておきたいと思います.将来の生活の見通し(一人一人の生徒の将来像)については,小学部から意見として出されているようにとても大事なことだと考えています.これについては,担任が課題選定をするときの資料のひとつとして研究の中に取り入れてやっていきたいと思います.

特別支援教育の部屋 に戻る




コラム1

 本当は,今回の研究の主たる目的は,課題の選定の後の部分…一言でいうと選ばれた個の課題と実際の授業の落差…と言ってしまってもよいでしょう.「今までも課題は個別的に把握してきた.でも授業が個に対応していると言いきれないのはなぜ?」ということです.それについて,現在,係では下記のような問題意識を持っています.

 [今までの授業の問題点]

  • 題材の目標(や年間題材配当)を固定化してとらえてしまう傾向が多いために,目の前の子どもの実態(課題)と合わない場合が出てきた.
  • 生徒一人一人の課題の情報がオープンになっていないため,各指導形態で別々に実態把握をして課題を設定していた.そのようなやり方では全人的な観点からの課題は出にくく,それぞれの指導形態の指導内容にしばられた(題材の目標にひっぱられた)「縦割りの課題」しか出てこない.また,親の意見(願い)が反映されにくい.
  • 個別の課題についての評価が記録として残らないため,次年度の資料が慢性的に不足してしまう.(題材の記録だけは残るのに…)
  • 各指導形態における課題の内容を全般的に管理する役が存在しないので,指導の最適化がはかりにくい(情報不足に起因する指導の重複や抜け落ちをチェックできない).

本文に戻る






コラム2

例:「1〜10の数概念の獲得(※)」と「製品を10個ずつ袋詰めできる技能」はどちらが優先課題か?

 高等部の生徒に,例えば「1〜10の数概念を獲得する」という目標をを私たちは立てています.教科の系統性を考えれば,それは確かに基礎的で重要な到達目標です.だけど,そこに次のような視点が入るとどうなるかな?と思うわけです.

A この生徒は,高等部在籍中に「1〜10の数概念」を獲得する見込みがあるか?

 小・中学部時代の9年間にわたって,このことはおそらくずっと指導されてきているはずです.「9年間教えられて獲得できなかった.では次の3年ではどうか?」ということを吟味してから指導にかかるべきです.私たちが指導する時間は限られていますから,獲得する見込みの少ないものについてはたとえ基本的なことでも優先順位は下げざるを得ない場合もあります.このような方針は,教科の系統性を優先する考え方からは出にくいと思われます.
(念のために付け加えますが,係はその辺のことを「正しく判断してください」と言っているのではありません.それより前に「そういう視点を持ちましょう」と提案しているのです.)


B 「1〜10の数概念」は,この生徒の将来の生活にどういうふうに役立つのか?

 生徒の現状と将来の生活を考えることによって課題の優先順位を決めることができます.「1〜10の数概念の獲得」と「製品を10個ずつ袋詰めできる技能」はどちらが優先課題か?と考えたときに,得られる結論はいくつかあります.例えば…

  • 「1〜10の数概念」が優先されるべき課題である.
  • 「1〜10の数概念」の獲得は期待されるので指導するが,それよりもこの生徒の進路のことを考えると「10個の製品の袋詰め」が出来るほうが緊急の課題なのでそれを優先する.
  • 「1〜10の数概念」の獲得を期待するのは難しいので,この生徒の進路のことを考えて,「10個の製品の袋詰め」を確実に身につけさせる.

これらの判断は,もちろん生徒の生活年齢・発達年齢・将来像が変わるのにともなって変わっていきます.しかし,A,Bの観点を確認せずに,教科の系統のみで指導内容を決めてしまうと,12年間,基礎的な班に所属して「ずーっと色の勉強をしました」とか「ずーっとなぞり書きの勉強をしました」ということになりかねないわけです.そして運が悪いと,それすら獲得できずに社会へ旅立っていく...そんなことなら,その時間にもっと役に立つことを教えられなかったのだろうか…と思ってしまうわけです.


(※)本当は,これを考える前に,何ができるようになったら「数概念」を獲得したというのかを考えておく必要があります.

本文に戻る






コラム3

■「ライフスタイル重視」の考え方

 生徒たちはやがて学校を卒業します.その時の彼らの生活の場は主に「家庭」と「地域」と「職場」になります.そこで彼らが「生きがい」を感じて個性豊かな人生を生きていくために「今」何をするべきか?という視点です.したがって,そのように考えるためには,生徒本人や家族の現状と将来像がしっかり把握されていなければなりません.


■「ノーマライゼイション志向」の考え方

 「個別教育計画の理念と実践」によれば,下記の5点の要素が指導内容や教育課程に用意されることが大事だということのようです(これは単なる受け売り).

  • 選択や意思決定の機会を保証し,それができる力を育てる.
  • 生活年齢相応の経験の機会がある.
  • 地域で生活できるための学習や活動がある.
  • 可能な限り障害のない子どもと一緒の場での活動の機会がある.
  • 普通の社会の生活リズムで生活できるようにする


本文に戻る

('96/7/16 発行)




特別支援教育の部屋 に戻る