IEPと私たちの研究
実践障害児教育2月号の巻頭提言に,私たちが取り組んでいる研究にかかわるような文章が掲載されました.この巻頭提言は,「IEPに思う」と題して東京学芸大学の上野一彦教授が執筆されたものです.米国産のIEPの考え方を,日本に取り入れるときに生じる混乱について,分かりやすく整理されていて参考になります.この共同研究係だよりでは,それを皆さんに紹介して,係からも若干コメントを差し挟みたいと思います.
なお,この文章のホームページへの転載を認めていただいた,学習研究社と著者の上野一彦教授に,この場を借りて厚く御礼申し上げます.
<巻頭提言> IEPに思う(上野一彦)
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版 元 :株式会社 学習研究社
引用誌名:月刊実践障害児教育2月号
※この文章については,月刊実践障害児教育の編集長より転載の承諾を得ています.
よく言えば、いちいち言語化しなくても、具体的な目標は教師の頭の中で手順化され、数字でなく、子どもの動く姿の中で成果を実感する。それを可能にしているのが、教師の能力と伝わりのよい言語文化と言える。とすれば、逆に伝わりがよいという事実に隠された教師の側の思い込みや誤解を、しっかり点検する姿勢さえあればという気がする。
この太字の部分は,私たち共同研究係が今年1年いい続けてきたことです.教師がお互いに考えていることを想像しあえるなら(以心伝心!),何も苦労はありません.しかし,経験年数や価値観が異なる人間同士がいつも同じことを考えるとは思えませんから,「点検する」ために,いろいろな作業が必要になってくるのです.
また,私たち係は,下線部の前の文で書かれている「子どもの動く姿の中で成果を実感する」ということを否定しているわけではありません.回数や比率では表せないけど,子どもは確かに変容したという実感を得ることは,日々の指導の中でよくあることです.しかし,それですら書き表してみなければ,他の教師が同じように感じたかどうかは分からないのです.問題は,書くか否かではなく,どう書くかです.
さらに,言語化する(=明文化する)ということは,記録として活用するという意味も含まれます.記録は,私たち教員の言わば「業務報告書」です.
「心ゆたかに,たくましく,かつ生き生きと活動してください.」例えばこのように言われたら,どう活動しますか?「いったい,どうしろっていうの!」というかんじですね.目的の中に形容詞表現が入るのは日本ではありがちなことですが,この点は改めていく必要があると考えています.
形容詞表現で言い表されるものは,長い目で総合的に見ていかないと評価できない場合が多いですね.一つの行動を見て「たくましくなった」とか「心ゆたかになった」とは,判断しにくいでしょう.そのような目標は,長期目標であり,総合的な目標だということです.一方,私たちが題材や本年度の課題として取り組んでいこうとしているのは,短期目標であり,具体的な目標なのです.
私たちの研究には,IEPを参考にしている部分が多々あります.しかし,私たちは今まで「IEPを取り入れてやりましょう」とは一度も言っていません(と,思います…).アメリカにはアメリカの事情があるし,うちの学校にはうちなりの事情があります.それらの違いを無視して形だけを真似しても,日常の業務にはなり得ないでしょう.
つまり,私たちが学ぶべきものは,IEPというシステム(方法論)ではなく,その奥に存在する考え方なのです.システムは,やはり私たちが自分で考えていくべきことです.
上野教授の言う「エンジン」という言葉を動機(モチベーション)という言葉に置き換えて考えるとどうでしょう.私たち日本人が日本の国内で行なう教育活動の動機は,つとめて日本的であろうと思います.日本人の考え方…もっと広く言うと文化…を抜きにして,私たちの教育活動は考えられないからです.IEPを参考にして,事前の計画と事後の評価を明文化してやっていくという活動も,私たちなりの動機から出発していきたいものです.ところで,この研究のもともとのスタート地点は,「さまざまな程度の障害をもった子供たちに,その一人一人に合った学習をさせたい」ということだったんですよね.この気持ちを出発点として,日本の文化に受け入れられるようなシステムを作り上げるために研究を続けましょう.
2月11日(火)に,山口がテピくんのお父さんである天狼さん(佐藤裕さん)の講演会に行ってきました.その講演を聴いて感じたことを,ここで少し紹介します.
講演会は,なかなか興味深かったです.ホームページには載っていない情報の中では,担任のマットがテピくんを指導している場面の写真がよかった!その指導内容は,うちの学校で行なっている学習課題とたいへんよく似ていました.中には同じものもありました.違いといえば,その場でしっかり記録を取っていたことですね(正反応,誤反応の回数をチェックしていた).もちろん,事前に親とともにきちっとした個別指導計画をつくっていて,事後に定量的な評価がでてくるというもの,私たちの授業とは違う点です.
マットが,個別指導をするときに参考にしているものは,ショプラー他の「自閉症児の発達単元267−個別指導のアイディアと方法−」と太田昌孝他の「認知発達治療の実践マニュアル−自閉症のStage別発達課題−」の2冊なのだそうです!この2冊とも,ぼくが持っているやつだったので,驚きました.情報は,アメリカでも日本でも,同じなんですね!それを,使うか使わないかの違いというわけです.(もっとも,太田他の本が向こうで販売されているのではなく,同じ情報源が向こうにもあるということのようです)
それから,マットが指導の根拠にしてるのが「行動療法」であるということ,そして日本では有名な「TEACCH」についてはほとんど知らなかったのに,彼が日頃の指導の中で工夫を重ねていった結果,場の設定などがほとんどTEACCH的になっていった(写真を見せられて,私もそう思いました)という話も,たいへん興味深かったです.講演後の質問の時間には,わざわざ仙台から出てきてくれた養護学校の先生という紹介とともに,一番最初に質問する役を与えていただきました. (^^;
というわけで,この2冊はぜひ読んでみてください.
E.ショプラー/M.ランシング/L.ウォーターズ編著 佐々木正美/青山均監訳
(岩崎学術出版社)
太田昌孝・永井洋子編著
(日本文化科学社)