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この報告書は,宮城県立光明養護学校の平成10年度自主公開研究会「一人一人の課題に応じた指導はどうあったらよいか」の研究紀要に載せたものです。ある先生からは「素直すぎる」という感想をいただきましたが,原稿を書いた本人は「もっと素直に書きたかった」と思っています。(^_^;)
高等部は,多くの生徒にとって社会へ巣立つ前の最後の教育の場であり,12年間の学校教育の中で生徒の課題がもっとも多様化する時期である。小学校から中学校までの9年間の学習で生徒が獲得する知識や技能は一人一人で異なり,高等部で学習するべき課題もそれに応じて異なってくる。また,卒業後にはそれぞれの進路先・地域で今以上に一人一人違った生活環境やライフスタイルになり,それに向けての課題も一人一人異なってくる。高等部ではそのような個別の背景をもつ生徒の課題一つ一つに対応する必要があり,個に応じた指導は欠かすことができない。
本校高等部では,年々多様化する生徒の課題に対応するために,平成7年度末に生活学習を中心にした教育課程の再編成を行った。その中で,生活学習では,課題別の班編成の導入(蔵王A班,蔵王B班,蔵王C班,松島班,仙台班),班ごとの題材の精選,ねらい・目標の個別化,週時程上での時間のまとめ取り(集中学習の日)をした(高−表1;生活学習および高等部の教育課程については資料1〜3を参照;資料は省略)。それぞれの班で生徒の課題に合わせて題材を精選したことで,ひとつの課題に時間をかけて繰り返し指導できる環境が整い,週時程の改善によって,実際に地域に出て学習できるようになった。その後も,班ごとに学習する指導の形態を一部変えるなど,教育課程を類型化する方向で改善を続けている。
このような特徴を持っている本校高等部としては,一人一人の課題に応じた指導を進めるにあたって次のようなことを考えなければならない。
上記の点を考慮して,本研究での高等部の重点を次のように設定した。
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これらの重点は,全体研究の重点と対応している。高等部研究の構想図を高−図1に示す。
高等部研究の重点にそって研究をすすめるにあたり,その方向性を次のように定めた。
保護者との連携の場面として,
の3つを取り上げ,文書で情報交換を行う(高−図2)。これらの情報交換で,学校として家庭からの情報や保護者の同意を得る一方,保護者には学校で行われている指導やその成果について関心をもち,家庭でもその成果を取り入れてもらうよう働き掛ける。
高等部の『指導の流れ』(高−図2)にそって記録する。忙しい時間の中でも効率的に記録を書けるように,必要な情報を無駄なく書ける様式をつくる。同じ情報を転記する場合は,コピーしてはるように枠の大きさをそろえておく。また,教師同士の情報交換や伝達を円滑にするために,記号を利用したり,抽象的な表現をさけて具体的な表現にする。
生活学習の研究授業やその事前事後の検討会を通して,課題別の班編成の中で個々の目標に対応した指導に取り組む。
それぞれの役割と分担のマニュアルを作成して,作業の内容と分担について共通理解する。また,課題の設定から評価にいたるまでのケーススタディを行って,作業の進め方についての教師間の共通理解をはかる。
上記の基本的な考えを,次のような方法で具体化し,研究に取り組んだ。
家庭での生活の様子と家族の希望,将来についての展望などを知るために,保護者に「実態調査シート」を配布してアンケートを行う。記入用のシートは5種類ある(高−表2)。これらの内容は,安田生命社会事業団IEP調査研究会(1995)を参考に作成した。
これらの記入シートは,入学時に保護者が記入し,2年次・3年次には必要なところを赤ペンで修正する。実態調査シートの配布や回収後の利用にあたっては,プライバシーへの配慮や個人情報の保護について学部内で資料を読み合わせて確認をする。また,学園生については,保護者に加えて学園の担当者にも,学園での生活の様子や援助の仕方,学園の生活の中で改善したいことやできるようになってほしいことについてアンケートを行う。
実態調査シートや過去の指導記録,担任としての観察などから,『本年度の課題』の原案を作り,高−表4の様式で保護者宛に配布する。保護者からの質問や意見がある場合は,もう一度検討して提案する。
年度末に,高−表4の様式にひとつひとつの『本年度の課題』について指導経過と結果を簡単に書く。それを翌年度の始業式の日に実態調査シートとともに保護者に配布する。
個々の生徒の実態や課題,指導後の評価を,次の3種類の様式を用いて記録する。それぞれの様式と『指導の流れ』の関連は高−図2に示す。
このシートには,『将来像』,『個の課題』,『生徒の実態』,『本年度の課題』,『個の課題についての所見』を書き込む。3年分の情報が一覧でき,記入はすべて担任が行う。
このシートには,各指導の形態の年間の『個別目標』,学期ごとの到達度,学年末の評価,次年度への引き継ぎ事項を記入する。
年間の『個別目標』は,各指導の形態の担当が『本年度の課題』のリクエストを受けて作成し,担任に配布する。担任は,それをシートに糊ではり付ける。学期末の到達度および学年末の評価も,担任は各担当から受け取ったものを所定の欄にはり付ける。各担当は,『個別目標』とともに『個別目標と題材の対応表』(高−表5)をつくり,それぞれの題材でどの個別目標を指導していくか年間の計画を立てる(生活学習,作業学習,国語,数学,体育)。
各指導の形態の記録は,それぞれの担当が記入する。
このうちa)の題材ごとの記録の様式を高−表6に示す。この記録は担当者用(実際に指導する教師用)であり,題材終了後にこれをコピーして生徒一人一人の記録シート(『個人別題材の記録』)にはり付ける。a)〜c)の学期ごとの記録は,高−図5の『生徒の実態と記録』シートに記入する。
評価は次の4種類の記号で段階を示したうえで,生徒の活動の様子や到達度,次の指導への手がかり(手立て,目標の変更など)を文章で具体的に記す。
◎…目標を達成した。この課題の指導は完了した。 ○…目標を達成した。定着を目指して継続して指導する。 △…目標に到達しなかった。指導の手立てを改めて継続して指導する。 ×…目標に到達するのは難しい。目標を設定しなおして再指導。 |
生活学習で年3回の研究授業を行い,事前事後の検討会で授業内容や指導方法について検討する。初年度は,『指導の流れ』にそって個に応じた指導を一通り実施することを目的にし,2年次は一人一人の課題に応じた指導をするための授業のつくりかたについて検討する。
年度末に,1年間の研究の成果を盛り込んだマニュアルを作成する。高等部の教師全員が係を分担して原案を作成し,学部検討会で作業内容と分担について共通理解をはかる。また,新しく高等部の所属になった教師には,このマニュアルを配布して情報の伝達をする。
生活学習の3つの班(蔵王班,松島班,仙台班)から1名ずつ合計3名のケースを代表例として,『本年度の課題』の設定,生活学習の『個別目標』の設定,生活学習の授業内容と評価の3つの観点について検討会を行う。
実態把握,『本年度の課題』の設定,『本年度の課題』の評価の3つの場面で,保護者との情報交換を行った。実態調査シートによる情報交換は,平成9年度から実施した。平成9年度は,実態調査シートを家庭訪問前に配布して家庭訪問時に詳しく説明するという形にしたが,次年度は始業式と入学式に配布した。一方,学園との連携については,こちらの準備不足で協力を要請するまでに至らず,不十分なままで終わってしまった。しかし,学園で作成している個々の課題の提供を受け,課題作成の一助とした。
「実態調査シート」アンケートの実際の記入例を高−表7および高−図3,高−表3に示す。
学園生については,学園の担当者にアンケート(A4判の用紙1枚)を実施し,学園での生活や援助の内容,学園の希望について簡潔にまとめた資料を得た。学園生の保護者には,入学式でアンケートの趣旨を説明して配布し,次に学校へ来たときに回収することになっていた。しかし,直接会う機会が少ないため,ほとんどの保護者から回収できなかった。
高−表4の様式で,『本年度の課題』の案を保護者に配布した。ほとんどの保護者が原案どおりでよいという意見だったが,意見を書いて話し合いを希望した家庭には家庭訪問を行い,話し合いの場を持って課題を設定した。
保護者の方は,このような具体的な目標をたてることに慣れていないようで,当初は具体的な意見や希望を伝えてくる保護者は少なかった。しかし,研究3年目の今年は,希望の表現も少しずつ具体的になってきている。
新2・3年生については,新年度に実態調査シートとともに前年度の『本年度の課題』の評価を配布した。4月の面談や家庭訪問時に保護者とこの資料を参考にしながら,新しい『本年度の課題』について話し合った。
『将来像』,『個の課題』,『生徒の実態』,『本年度の課題』,『個の課題についての所見』を書き込んだ。『本年度の課題』のいくつかの例について,タイプ別に整理した(高−表8)。『本年度の課題』は,研究の過程で何度か書き直しを行い,「1年間で到達させたい具体的行動目標」という定義に近づけてきた。しかし,すべての目標を定義にしたがって書くまでには至っていない。
また,『本年度の課題』がすべての生徒について出そろうのは6月中旬であった。学習の方は5月の連休明けには本格的に始まっているのに,各指導の形態で『本年度の課題』から『個別目標』を作成して指導が始まるのは7月に入ってからになってしまった。
各指導の形態の年間の『個別目標』は,各担当が担任からリクエストされたものを中心に設定した。リクエストがない場合は,担当が判断して設定した。学期ごとの記録は,題材ごとの記録などを参考にして一つ一つの『個別目標』について記入した。
生活学習を含めて5つの指導の形態で,題材ごとに『個別目標』,『指導の手立て』,評価を記録した。これらのうち前二者を題材の始まる前に,評価を題材終了時に書くことになっているが,作業が間に合わずに,全部を題材が終わってから書くような場合もあった。
題材ごとの記録は,年間で生徒一人当たり45〜50枚になる(生活学習29枚,作業学習4枚,数学と国語6〜10枚,体育6枚;資料1,3参照;資料は省略)。教師一人当たりにすると平均120枚の分担になるが,実際には受け持ちの生徒数によってその倍近くになる教師もいた。
題材の『個別目標』,各指導の形態の『個別目標』,『本年度の課題』の3点について評価を記録した(高−表6,高−図5,高−図4)。
題材の『個別目標』の評価は,記号と文章で行った。文章による説明は,生徒の活動の様子に加えて,次の指導への手がかり(指導の手立て,目標の変更など)を書くことになっているが,学習の様子を書くにとどまった例もあった。
各指導の形態の『個別目標』は,学期ごとの到達度(高−図5)と題材の記録(高−表6)を参考にして学年末に記号と文章で評価した。担当が題材ごとに代わっても,題材の記録を参考にして1年間の評価をすることができた。
『本年度の課題』の評価は,各指導の形態の『個別目標』の評価を参考にして行った。担任が直接指導していない課題も含めて,資料を見ながら評価することができた。しかし,同じ課題を複数の指導の形態で指導して,それらの評価が食い違っている場合は,担任が資料のみから『本年度の課題』の評価をするのは難しかった。そのような時は,指導の形態の担当に担任が口頭で確認するようにした。
研究授業の概要を高−表9に示す。
1年目の3回の研究授業は,それぞれ(1)『本年度の課題』の設定,(2)『個別目標』と『指導の手立て』の文章化,(3)評価の文章化という観点で行い,生徒一人一人の多様な課題を授業の中に反映させるやり方を試行した。その結果,個々の実態から出発しても,多くの生徒は互いにある程度共通した課題を持っていることを再確認できた。またその中で,班の共通の課題としてはまとめられないような特徴的な個々の課題についても授業の中に取り入れて指導・評価することができた。
2年次には,一人一人の課題に応じるための方法について検討した。多様な課題に対応するために,いろいろな学習要素を含む活動のまとまりをひとつの題材として取り上げ,生徒のいろいろな目標に沿った学習場面が,指導過程に組み込まれるように計画した。
それに加えて,それぞれの研究授業において,各班の生徒の実態と課題にあった個への迫り方についてのアイディアが出された。第1回の「ハイキングに行こうVII」(松島班−生活自立を目指す班−)では,持ち物の準備と確認,街中の移動(歩行,信号の見方),買い物,汗の始末など生活に密着した指導内容を取り上げた。同じ内容の題材を7回続け,じっくり指導していく中で自主的な活動を引き出し,さらに個別目標の達成基準を少しずつ上げていくことで,それを無理なく到達させることができた。第2回の「調理をしようIII」(蔵王班−社会自立を目指す班−)では,各生徒の調理の実態について家庭にアンケートを行い,それに基づいて指導内容を決定した。また,授業の様子と生徒の学習の結果を家庭に文書で報告し,家庭での活動に引き継ぐようにした。第3回の「調理をしようII −おいしい食べ物を楽しもう−」(仙台班−身辺自立を目指す班−)では,ミキサーを使ってフルーツジュースを作るという題材の中で,物をつまむこと,注視すること,自分でものを作る喜びを味わうことなど,基礎的な技能・意欲の指導を行った。
高−図6に,仙台班が題材の内容と展開を計画するまでの筋道を示した。仙台班の全体の課題と個々の生徒の目標から,題材の内容(ミキサーでジュースを作るという場面設定)や展開を組み立てていった。
年度末に,1年間の研究をまとめて6種類のマニュアルを作成した。
マニュアルには,すべての記録の様式とその記入例を示し,実際に記入するときの参考になるように工夫した。
学部研究の時間に,『本年度の課題』・生活学習の『個別目標』・生活学習の授業内容をどのような意図で設定・実施したか,それぞれ担任および生活学習の担当から説明を受け,それをもとに議論をした。その中で,それらを設定するときの手順や留意点について互いに確認しあうことができた。また,担任の作成した課題の意図が担当に正しく伝わっていなかった例が明らかになり,互いの情報交換の必要性を再確認した。
研究初年度は「実態調査シート」によるアンケートを実施できなかった。その結果,保護者の考えや生徒の家庭での様子についての情報が不足し,担任として設定した課題や『将来像』が適切なものかどうか自信が持てなかった。しかし,2年次・3年次はアンケートの情報を活用し,保護者の考えや家庭の事情を考慮して,以前より妥当性のある課題を立てることができた。
高−表7,高−図3,高−表3に示したように,保護者から得た情報は予想以上に具体的で,『将来像』や『個の課題』,『本年度の課題』を設定するうえでの重要な指針となった。保護者と教師の意見や実態の認識の違いも,いくつかの場面で浮き彫りになった。しかし,それをきっかけにして生徒について,より深く話し合う機会を持つことができた。また,保護者の中には,アンケートを書いてみて,子どもがほとんど外出していないことに気付き,外出の機会を持つように変ったという事例もあった。アンケートは保護者が改めて子どもの日常を見直すいい機会にもなったようだ。
アンケートの実施にあたっては,量の多さやプライバシーの問題で保護者の反応を心配した。保護者の協力が得られた原因の一つは,アンケートを実施する一番はじめのとき(平成9年度の4月)に,各クラスの学級懇談でアンケートの趣旨と活用方法,プライバシー保護の考え方を保護者にはっきり伝えたことだと考えている。学級懇談の場ではプライバシーなどについて不安をもつ保護者も,保護者同士の話し合いや教師の説明で納得することができたようだ。しかし,学園生の保護者へのアンケートについては,再検討する必要があると考えている。
『本年度の課題』について,積極的に意見を述べる保護者は少ない。しかし,課題を一緒に立てたことによって,学校で指導した内容を家庭でも取り入れたり,家庭での様子を具体的に伝えてくることが多くなった。今後は,より多くの保護者が『本年度の課題』に向かって成長していく子どもの姿を見て,課題の設定に積極的になっていくことを期待したい。
保護者からは「我が子の成長がよく見えてうれしい」という感想があった。一つ一つの課題について指導場面と到達度が記されているので,この資料は保護者にも次年度の担任にとっても欠くことのできない資料であり,次年度の課題設定の際に重要な情報となった。
記録の枚数を増やさないように,『本年度の課題』シート(高−図4)は1枚で実態と課題を3年分記録できるようにし,『生徒の実態と記録』(高−図5)は1年分のすべての指導の形態の記録を1枚に収めた。そのことによって,生徒の成長や1年の学習の歩みが一覧できて,学習の成果を把握しやすかった。逆に,一つ一つの枠が狭くなって枠内に書ききれない場合もあったが,紙をはるなどの対処で切り抜けることができた。『生徒の実態と記録』については,蔵王班・松島班・仙台班のそれぞれで履修する指導の形態が異なるので,この様式も班ごとに必要な指導の形態だけにすると枠をもう少しずつ広げることができる。
また,『題材の記録/担当者用』(高−表6)では,『個別目標』と『指導の手立て』の欄の境界線をなくし,必要なときにそれらを一つの文章で表現できるようにした。手立てと目標を分けて書きにくいような場合にも負担に感じることなく記録できた。
題材実施前の担当者同士の打合せは,各生徒の『個別目標』と『指導の手立て』が明確に文章で設定されていることで,話し合いを円滑に進めることができた。一方,担任と担当のやり取りは,基本的には文書(記録)という形で行なうことになっているが,すべてのやり取りを文書だけで済ませることはできなかった。課題設定や評価の際の細かいニュアンスは,限られたスペースの文章ではなかなか書き表すことは難しい。記録を活用しつつも,担任と担当の口頭の情報交換も大切にして行なっていかなければならない。
記録の転記をする場合は,コピーあるいは切りはりできるようにした。そのことによって,担当が『個人ファイル』を持ち出して記録する必要がなくなり,担任と担当間の記録のやり取りを円滑に行うことができた。(『生徒の実態と記録』,『題材の記録/担当者用』と『個人別題材の記録』)
記号による4段階の評価は,次の指導への意図が次の担当に伝わってよかった。しかし,文章による説明の方は,書き方に不備があり(学習の様子だけで次の指導への手がかりがない),次の指導に充分に活かされたとは言えなかった。この点は学部内でさらに共通理解をはかり,改善していく必要がある。
また,記録に関して今後改善を要する問題がいくつか生じたので,それについて記す。
『本年度の課題』や『個別目標』は出来上がりが6月下旬から7月になり,1学期はほとんど活用することができない。1年生については,実態把握にある程度時間を必要とするので,この時期になるのはやむを得ない。しかし,2・3年生については,前年度の資料をもっと活用して,早めに作成する必要がある。
『本年度の課題』の評価は,記号のみで行うことになっている。しかし,次年度に新担任が『本年度の課題』を作成するときに,記号評価だけでは資料として不十分で,保護者宛に配布している文章による評価を主に参考にしている。本年度の課題の文章評価を,教師側の資料としても位置づけていく必要がある。
学期末の到達度が低い場合や,指導の形態の担当から課題の逆リクエストがあってそれを必要と認めた場合,担任は『本年度の課題』を修正して,学部会の資料で学部内に報告することになっている。しかし,現実に『本年度の課題』が修正されることはほとんどない。昨年度末の『本年度の課題』の評価に△や×の記号が少なくないことからも,年度途中で課題を見直す必要はあると考えられるので,そのための仕組みをもっとしっかり作ったほうがよい。少なくとも2学期と3学期の始めに,一人一人の課題の検討と修正のための会議を設ける必要がある。
『本年度の課題』の内容については,おおむね具体的な表現になっているが,「1年間で到達させたい」という部分での見通しが甘いものが少なくない。これについては,上記の年度途中での変更の仕組みをしっかり作ることや,マニュアルなどによって課題設定の方法を共有することによって改善していきたい。
『本年度の課題』の具体性については高−表8に示したような程度になっている。あまり抽象的すぎると教える内容がばらついたり評価の基準があいまいになってしまう危険がある。逆に,あまり具体的すぎると汎用性がなくなり,指導の形態で取り入れにくくなったり,課題の本数が増したりする。『本年度の課題』はある程度自由度を持った適度な具体性にとどめ,担任と担当のやり取りで実際の授業場面でさらに具体的にしていくというのが現実的だった。また,発達段階の特に低い生徒については,「いろいろな遊びを経験する」という課題のように,ほかの生徒より幅を持たせた(あるいは目標達成基準をゆるめた)『本年度の課題』にしたほうがよい場合があった。
実態調査シートや前年度の指導結果(目標と評価,題材ごとの記録),前回の指導の記録など,個々の情報が以前よりも格段に多くなり,生徒の実態や課題がよく見えるようになった。その反面,記録の作成に多くの時間を割く必要が生じ,記録が間に合わなかったり従来の仕事の一部が圧迫されるという結果を招いた。特に題材の記録は教師一人当たり年間100〜200枚近くにもなり,学部内にはこの記録の量では継続していくのは難しいという意見も根強い。しかし,題材の記録は一人一人の課題に応じるために必要な情報である。
題材数の半分を占めるのは生活学習である。特にその中の課題別班編成での題材(集中学習)は平成8年度から始まり,年々指導内容や指導期間の改善を行っている。課題別の生活学習は,もともと1週1題材でスタートしたが,1週間という指導期間は一つの学習を完結させるには若干短く,現在は内容を精選して同じ学習内容を数週間にわたって繰り返し学ばせるように改善して取り組んでいる(資料3参照;資料は省略)。それでも記録は毎週書くことにしていたのだが,今後は同じ内容の題材については,題材の記録を1枚書くだけにして枚数を減らしていこうと考えている。それに加えて,教育課程の類型化をさらに推し進め,類型ごとに重点的に記録する指導の形態を絞っていくという方法も考えていきたい。
本研究の成果を今後に活かすためには,記録を書いたり目標や手立てを考えたり,あるいはそれに基づいて授業の準備をする時間をしっかり確保する必要がある。毎日一定の時間枠を設定して一斉に記録すれば,教師同士の情報交換もスムーズにできて効率的である。
生活学習や作業学習などの教科・領域を合わせた指導の形態は,いろいろな学習要素を含む包括的な題材が多く,生徒の多様な課題に対応しやすい。そして課題別の班編成の場合,同じような題材名でも,生徒の実態や課題に応じて題材のねらいや個々の生徒の目標は大きく異なってくる。今回の例で言えば,「調理」という題材を蔵王班(社会自立を目指す班)と仙台班(身辺自立を目指す班)で取り上げているが(高−表9),実際の指導内容は,蔵王班が調理そのものが目的になっていたのに対し,仙台班の場合は調理という活動の中で,手洗いやエプロンの着脱などの生活技術の指導に加えて,「注視」や「手指の巧緻性」,「自ら活動する」など基本的な技能・意欲の指導が目的となっていた。
高−図6に,仙台班の研究授業を例にとって,生徒の課題や目標から題材の指導内容や展開が組み立てられていく様子を示した。従来なら,仙台班の全体の課題が3つあったとしたら,それぞれの『個別目標』はそれらの下位目標として,それぞれの生徒に合わせて同じ数だけ設定していた。しかし,この場合は,仙台班全体の課題をもとに題材のおおまかな内容(あらすじ)を決めた上で,生徒の『個別目標』を一つ一つ実際の活動場面と結びつけていった。その上で,それぞれの生徒の目標にあった活動場面を一つの流れ(筋書き)にして展開を組み立てた。したがって,この授業では目標の数は生徒によって異なり,一人一人の目標に迫るための活動場面も生徒によって異なっている。本研究を通して授業が大きく変ったのはこの点である。このような方法で授業を準備することによって,以前よりも一人一人に適切な指導内容・活動場面を用意できるようになった。
マニュアルづくりは,主にそれを作る過程で議論を繰り返すことで,自分たちのやっていることとその意味を共通理解できるという効果があった。しかし,実際にマニュアルを見ながら進めるべきときに,活用されずに終わってしまうこともあった。また,このマニュアルは,新年度,新たに高等部に配属された教師に配ったが,はじめての教師には読みやすい配列になっていないと指摘された。分冊になっていることで作業プロセスの全体像が見えにくくなっているとのことなので,来年度版は作業内容を時系列に並べ替えた1冊のマニュアルにすることにした。
『本年度の課題』の設定や目標の設定など,作業のポイントとなるような部分について,ケーススタディを通して学部全員で議論できたことは,その方法(参照する資料,文章表現,考え方など)を統一するうえで効果があった。研究が終了しても,毎年,このようなケーススタディを行って,学部全体で意思の統一を図っていきたい。
高等部では全体研究の「一人一人の課題に応じた指導はどうあったらよいか」というテーマを受けて,次の4つの重点を掲げて研究を行った。
3年間の研究によって,一人一人の課題を授業の中に反映させるための様式が整い,記録を蓄積していく中で一人一人に目が行き届いた授業が成立した。また,その過程で保護者と具体的な情報交換を行い,将来像を見据えながら一致協力して指導にあたることができた。
その一方で,現状をさらに一歩進めるために,いくつかの改善点も見えてきた。今後,研究のまとめの中で,あるいは研究後に取り組むべき課題を下に整理する。