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大和町鶴巣より産する Echinarachnius.sp は新種か?

―あなたと小錦とチンパンジーの関係―

仙台向山高校地学部地質班


 この研究報告は,平成6年度の宮城県仙台向山高校生徒会誌「黎明」に掲載したものです.生徒会誌だから,生徒が文章を書くわけですが,この報告書に関しては,担当教諭(=Sphinx)のてこ入れがかなり入っていることを,最初にお断りします.(研究をしたのは100%生徒達です…念のため)


1.はじめに

 我々,向山高校地学部地質班は,直径数cmの円盤状の物体について研究を進めている.この物体は飛ぶわけではないので,未確認飛行物体(UFO)ではない.宮城県黒川郡大和町の某所の岩石中に埋まっているので,さしずめ未確認埋没物体(UBO)といったところだ.その円盤の表面はアルマジロかミラーボールのように多くのプレートから構成されており,中心部に比較的大きな花びらのような模様がついている(図2参照).円盤の縁と裏側の中央部には一つずつ穴があいていて,これは宇宙人の出入り口…ではなく食料とうんちの出入り口であろうと思われる.

 我々の詳細なる検討の結果,この物体はウニの化石であることが判明した.といっても,一般人がよく食べるムラサキウニのような丸いウニを想像してはいけない.あくまでも円盤状で,トゲの短いウニの仲間の化石なのである.きちんと学名を使って説明すると,我々の手にしている物体は,ウニの中でも Echinarachnius 属と呼ばれる仲間の一つであるということになる.

 一口に Echinarachnius 属と言っても,その中に含まれるウニは数多くいる.それらのウニは,名前の頭に必ず「 Echinarachnius 」を付けて, Echinarachnius.○○とか, Echinarachnius .××などと呼ばれる.化石の名前を付けるときには,この○○××のところまで細かく検討しなければならない.

【図1】日本の中新世の地層から産出するEchinarachnius 属の形態(概念図)
クリックすると拡大されます.左上から,Echinarachnius .minoensis(Morishita,1955), Echinarachnius .subtumidus (Nisiyama and Hashimoto,1950),Echinarachnius .rumoensis (Hayasaka and Shibata,1952),左下から,Echinarachnius .microthyroides (Morishita,1955),青麻層から産出したEchinarachnius 属.

 我々は,まずその検討から行うことにした.このウニ化石が出てくる地層は,青麻層(あおそそう)という名前で,今から約600万年前にできた地層である.我々が,英語で書いてある論文を苦労して読破した結果,同時代に生きていた可能性のある仲間は,全部で4つであった.それらは,Echinarachnius .minoensisEchinarachnius .subtumidusEchinarachnius .rumoensisEchinarachnius .microthyroides である(図1).我々のウニ化石の特徴を,これら4種の特徴と注意深く比較検討した結果,次の2点が明らかになった.

  1. 全体的な形の特徴はEchinarachnius .microthyroides によく似ている.
  2. しかし,以下の2点で両者は微妙に異なる.
    1. 円盤が縦長か横長かという違い(数%).
    2. 円盤の裏側(口側面)の溝(歩帯溝)の分岐の位置が若干異なる.

 1.から言うと,我々のウニ化石は,Echinarachnius .microthyroides ということになる(予想される結論1.)しかし,2.の違いを重要視すると,我々の化石は現在知られているウニには分類できない=新種である!ということになる.(予想される結論2)

 もし(結論1)であれば,なんてことない研究になる.しかし,万一(結論2)になると,我々は大発見をしたことになるのだ!ここへ来て,我々のやる気は倍増した.合言葉は「新種であることを証明するために頑張ろう」である.

 ここで,学名の羅列を避けるために,それぞれの化石にニックネームをつけよう.Echinarachnius .microthyroides はM君,我々の化石は青麻(あおそ)層から発見されたのでA君ということにする.

 この研究の主題は絞られた.問題はM君とA君は同じ種なのか,違う種なのかということだ.もちろん,我々としては違う種である(=A君は新種)という結論を得たいわけだ(先程の「予想される結論2」のほう).

 さて,この問題はどう研究すれば結論が出るか?M君とA君が同じ種であるとすれば,我々が2)で指摘した小さな2つの相違点は,「個体の差」であるということになる.つまり,同じ人間でも小錦とあなたの形態的特徴(身長,体重,腕の長さ,目鼻立ちなど)に大きな差があるように,同じ種の化石でも一つ一つ微妙に形が違うというわけだ.一方,M君とA君が違う種であるとすれば,2つの相違点はそのまま両者の種としての違いを反映したものと考えられる.つまり,例えばあなた(人間代表)とチンパンジーのミミちゃん(チンパンジー代表)の形態的特徴の違いは,そのまま生物種としての違いと考えてよいということだ.(ここの部分の説明は,厳密には正しくないが,雰囲気をつかんでほしい)

ならば,M君とA君の形態的特徴の違いが,「個体の差」の範囲に収まるかどうか検討すればよい.その方法は,たくさんのM君とたくさんのA君を集めてきて,それぞれの平均像をつくりだせばよいのだ.それが一致すれば同じ種,違ったら違う種ということだ.

 しかし,事はそううまくははこばない.M君やA君は生きていた時代が古いこともあり,そんなに多量のサンプルを採集することができない(見つからない).では,どうする?実は同じ Echinarachnius 属の仲間で,もっと新しい時代に生きていてたくさんのサンプルが手に入るものがある.その名前は Echinarachnius.laganolithinus(以下L君)という.我々は,次善の策として,L君の形態的特徴の「個体間格差」の範囲の程度を調べ,その結果をM君とA君に当てはめてみることにした.

2.研究方法

 我々は,秋田県男鹿半島に赴き,大量のL君を採集してきた.東北大学の浅野教授が採集されたものと合わせて,134個体のサンプルで研究を行った.

 Echinarachnius 属の仲間の分類を行う上で,過去の研究で重要視されてきた形態的特徴は(化石の各部位の名称については図2参照のこと),

ア)殻の縦横比(1より大なら縦長,1より小なら横長)
イ)殻の大きさに対するPetal (花びら)の占める割合
ウ)頂上系(花びらの中心)の位置(0.5で真ん中)
エ)殻をつくっているプレートの配列状態
 (特に間歩帯のプレートの根本と Coronal Plate の連続・不連続)
オ)歩帯溝の分岐の様子(3分岐,5分岐など)

である(図2).これらの特徴について,L君の134個のサンプルがどの程度の個体差を示すか検討し,ヒストグラムで示した(図3〜7).各図は,縦矢印が平均値,横矢印が±1σの範囲を表す.それぞれのヒストグラムの下には各特徴の最小値・最大値・±1σの値,平均値の場合の形を概念的に示した.

統計の教科書の教えるところによれば,平均値±1σの範囲に全サンプルの2/3が入るので,これをもって個体差とすることにした.

【図2】Echinarachnius 属の構造図
クリックすると拡大されます.

3.結果

ア)殻の縦横比:平均はやや横長.個体差は±2.5%である(図3).

【図3】殻の(縦/横)比

イ)Petal の割合:平均は0.53.個体差は±3%(図4).

【図4】殻の大きさに対する petal の比率

ウ)頂上系の位置:平均は0.47で中心よりやや上寄り.個体差は±2%(図5).

【図5】頂上系の位置

エ)連続・不連続:論文によれば,L君の間歩帯のプレートの根本と Coronal Plate の連続・不連続は,幼児の時はすべて連続で成長に伴って不連続になっていくとされている.しかし,今回はそのような傾向は見られず,この特徴も分類上あまり重要ではないといえる(図6).

【図6】間歩帯と Coronal plate

オ)歩帯溝の分岐:論文によれば,L君の標準的な歩帯溝は5分岐であるが,これは実際はほとんど見られず(2%),ほとんどは3分岐である.他のパターンも見られる.歩帯溝の分岐は大変見づらく,分岐のパターンも多様なため,分類の基準としては適さないことが明らかになった(図7).

【図7】歩帯溝の分岐のパターン

4.考察

 殻の縦横比,Petal の割合,頂上系の位置の3つの特徴は,数値化して表すことができる.これらの個体間格差は±3%以内であり,これは我々が漠然と考えていたより厳しい値である.また,数値化できない特徴として歩帯溝の分岐と間歩帯のプレートの連続・不連続を取り上げたが,これらは系統的に整理されるものではなく分類には適さないということがわかった.過去の研究の中には,これらの特徴をもって新種に分類されている化石もあり,再考を要する.

 図8は,L君の各特徴の個体間格差の程度を,M君とA君に当てはめたときに,両者が一致するかしないかを整理したものである.両者が一致するのはPetal の割合だけ.殻の縦横比と頂上系の位置は一致するとはいえない.また,歩帯溝の分岐と間歩帯のプレートの連続・不連続は分類に適さないので考えない.

 これらのことから判断すると,A君はM君とは別物だと考えるべきである.つまり,A君は新種であると思われる!

【図8】A君とM君の比較

 めでたし,めでたし.我々は遂に新種を発見したらしい.しかし,アマチュアの高校生がいくら「新種だ」と叫んでも,悲しいかなだれも信じてくれないし,学会にも認めてもらえない.ウニ化石を研究している専門家に鑑定を依頼するのがいいのだが,実は現在,日本で(もしかしたら世界中を探しても)ウニ化石を専門にしている研究者がいないのだ…我々の画期的な研究成果は,黎明に載るのみで消え去っていってしまうのであろうか?

誰か論文にして発表してくれー.

5.最後に

 この研究は,仙台向山高等学校地学部地質班の平成5年度卒業生,平成6年度卒業生,および平成6年度1年生によって行われた.この研究の一部は平成4年度,平成5年度,平成6年度の宮城県生徒理科研究発表会,および平成5年度日本古生物学会東北支部総会,平成6年度日本地質学会で発表された.この研究を進めるにあたっては,たくさんの方々にご協力を頂いた.東北大学浅野裕一教授およびみちのく古生物研究会の高泉幸浩氏,宮坂義彦氏には貴重な化石を貸していただき,有用なご助言も得た.元仙台向山高校講師の小関攻先生には,資料やアイディアの提供を頂き,サンプル採集に連れていっていただいた.記して,厚く御礼申し上げる.

(完)

<参考文献>

Hayasaka,I. and Shibata,M.(1952): A new Tertiary species of Echinarachnius From Hokkaido,Jour.Fac.Sci,Hokkaido,Ser.4,Vol.8,No.2,pp.1-19.

J.Wyate Durham et al.(1966): Treatise on Invertebrate Paleontology Part U. Echinodermate 3, The Geological Society of America Icn.

Morishita,A.(1955): Notes on Echinarachnius in Japan. Mem.Coll.Sci,Ser B,Vol.22.No.2,pp.223-251.

Nisiyama,S.(1940): On the Japanese species of Echinarachnius., Prof.Yabe's 60th Birthday,pp.803-862.

Nisiyama,S. and Hashimoto,W.(1952): A New Echinarachnius from the Tertiary of Hokkaido. IGPS Short Papers,No.2,pp39-42.


【おまけの写真】

●ウニはこのように円盤の一部が,地層からはみ出た形で発見される.簡単に採れそうに見えるが,こわさずに回収するのはなかなか容易ではない.

●採集風景


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